2023年
問題172殺虫剤に関する次の記述のうち,最も不適当なものはどれか.
(1)ブロフラニリドは,既存の各種薬剤に抵抗性を示すゴキブリ集団に対しても有効性を示す.
(2)プロペタンホスには,マイクロカプセル剤がある.
(3)ピレスロイド剤は,有機リン剤に比べて魚毒性が高い薬剤が多い.
(4)昆虫成長制御剤(IGR)の50%羽化阻害濃度は,IC50値で示される.
(5)有機リン剤の薬量や濃度の増加に伴う致死率の上昇は,ピレスロイド剤に比べてなだらかである.
2023年
問題172正解(5)頻出度AAA
薬量や濃度の増加に伴う致死率の上昇は有機リン剤の方が急激で,ピレスロイド剤の方がなだらかである.このため,有機リン剤では,一度ノックダウンした虫は蘇生することなくそのまま死亡する傾向が強く,ピレスロイド剤ではいったんノックダウンされた害虫が蘇生することがある.
屋内衛生害虫用の殺虫剤には,有機リン剤,ピレスロイド剤,昆虫成長制御剤,その他の種類がある.
1.有機リン剤
1)作用機構は,神経の刺激伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素のコリンエステラーゼの作用を阻害し,アセチルコリンが過剰状態になって異常が起こる.
2)特徴
(1)比較的速効性で残効性もあり多くの害虫に有効.
(2)一度ノックダウンした虫は蘇生することなくそのまま死亡する傾向が強い.
(3)急性毒性が比較的高く,蓄積性,慢性毒性は高くない.
(4)近年,イエバエをはじめとして多くの害虫に高い抵抗性の発達が見られる.
(5)有機リン剤には化学構造的に対称型と非対称型が存在する.
主な有機リン剤を2023-172-1表に示す.
| ダイアジノン | 致死効力,速効性,残効性のバランスがよい.ハエに効力が高い.ダイアジノンのマイクロカプセル剤(MC剤)は日本で最初に開発された. |
| ジクロルボス | 蒸気圧が高く常温揮散性が大きい.速効性が極めて高いが残効性には欠ける.樹脂蒸散剤として利用される. |
| フェンチオン | 多くの害虫に有効であるが特に蚊に効力が高い.水中に処理した時の残効性が高い. |
| フェニトロチオン | 日本で開発された対称型有機リン剤で,広範な害虫に有効で最も汎用されていが,ゴキブリに対する残留処理で特に有効.商品名スミチオン.MC剤もある. |
| テメホス | 毒性が極めて低いが蚊幼虫に特異的に有効.他の害虫には効果は低い. |
| クロルピリホスメチル | 安全性が高く広範な害虫に有効でバランスがよい.特に蚊に有効. 建築基準法で建材に含まれてならないとされたシロアリ駆除に用いられるクロルピリホスとは別物. |
| プロペタンホス | PCO※に汎用される非対称型有機リン剤.対称型有機リン剤に抵抗性を獲得した害虫が交差抵抗性を示す度合いが低く有効性が高いと考えられている.抵抗性のハエに有効.MC剤がある. |
※ PCO(ペストコントロールオペレータ)とは害虫駆除業者を指す.
2.ピレスロイド剤
1)作用機構は,接触毒として虫体に侵入し神経のナトリウムチャンネルへの特異的な作用によるものと考えられている.
2)特徴
(1)除虫菊の有効成分ピレトリンに似た合成物質.
(2)速効性が高く,ノックダウン(仰天)効果に優れている.
(3)いったんノックダウンされた害虫が蘇生することがある.
(4)人畜毒性は低いが,魚類には毒性が高く,水域では使用できない.
(5)ピレスロイド剤は一般に昆虫に対する忌避性が認められるので,蚊などの飛翔昆虫や吸血昆虫に対する実用性が高いが,毒餌に混ざったり,かからないように注意が必要である.
(6)ゴキブリなどがピレスロイドに触れて潜み場所から飛び出てくることを,フラッシング効果(追出し効果)と呼ぶ.
主なピレスロイド剤を2023-172-2表に示す.
| ピレトリン | 天然の除虫菊の殺虫成分.極めて速効性が高いがノックダウンした害虫が蘇生する. |
| アレスリン | 速効性が高く,多くの薬剤に混合して用いられる. |
| フタルスリン | ノックダウン効果が高く電気蚊取りに多用される. |
| レスメトリン | 致死効力が比較的高い. |
| ペルメトリン | 致死力,残効性が高くゴキブリ防除用にPCOによって汎用される. 水性乳剤がULV専用剤として承認されている. |
| フェノトリン | ペルメトリンに類似する.シラミ用として人体に直接使用できる製剤(シャンプー,ローション)がある. 水性乳剤がULV専用剤として承認されている. |
| エンペントリン | 衣類の防虫剤として紙に含浸させた製剤がある. |
| エトフェンプロックス | 厳密にはピレスロイドではないが作用は類似している. |
| イミプロトリン | 超速効性を示す. |
| シフルトリン | 致死活性が極めて優れている. |
| トランスフルトリン メトフルトリン |
常温で気化して効力を発揮する. トランスフルトリンは粒子がメトフルトリンより小さく,空気中での拡散性がよい.ワンプシュ式やファン式の蚊取り製品が普及している |
3.昆虫成長制御剤(IGR)
昆虫及び多くの節足動物の変態などに生理的な変化に影響を与える.
昆虫成長制御剤の幼生に対しての効果は最終的に死に主らせるが速効的ではない.又,成虫に対しては致死的効力を持たない.
IGRに抵抗性をもつ害虫が報告されている.
1)羽化阻害剤
幼若ホルモン様化合物で昆虫の羽化妨害し,成虫を出現させない.メトプレン,ピリプロキシフェン(商品名:スミラブ)がある.ゴキブリのような,蛹のステージのない不完全変態の昆虫には効果がない.
2)表皮形成阻害剤(キチン合成(脱皮)阻害剤)は,脱皮時の新しい表皮の形成を妨げる.ジブルベンズロンがある.
4.その他の薬剤
1)カーバメート剤
有機リン剤と同様の作用をもつ.プロポクスルのみが製剤として認可されている.
2)メトキサジアゾン
ピレスロイド抵抗性チャバネゴキブリに有効.加熱蒸散剤の有効成分に利用されている.
3)毒餌(ベイト剤)
(1)ヒドラメチルノンは,効果の発現が遅く,食毒効果が高いのでゴキブリやアリの駆除用食毒剤として利用されている.
(2)ホウ酸は,古くからゴキブリの食毒剤として利用されている.
(3)その他,フィプロニル,インドキサカルブ,ジノテフランなどを有効成分とした製剤がある.
5)オルトジクロロベンゼン
ハエの幼生(うじ)殺し.殺菌作用を持つので浄化槽などへの使用は避けなければならない.
6)忌避剤
忌避剤は一般に殺虫力は示さないが,蚊,ブユ(ブヨ)などからの吸血を避けるために皮膚や衣服に処理する.ディート(deet:ジエチルトルアミド),イカリジンなどがある.
7)アミドフルメトは屋内じん性ダニに有効な成分である.
8)ブロフラニリド(テネベナール)は新しく開発された殺虫剤で,既存の各種薬剤に抵抗性を示すゴキブリ集団に対しても有効性を示す.
-(4) 薬剤の有効性を表す指標は,昆虫成長制御剤のIC50の他にも2023-172-3表のようなものがある.
| 殺虫力 | LD50 | (Lethal Dose50)50%致死薬量(中央致死薬量)の略.ある昆虫の集団のうち50%を殺すのに必要な1匹当りの必要薬量.単位はμg/匹など.薬機法に基づく安全性にかかわる急性毒性の動物投与試験にもこの値が用いられる. |
| LC50 | (Lethal Concentration50 )50%致死濃度(中央致死濃度)の略.ある昆虫の集団のうち50%を殺すのに必要な濃度.単位はppm. 水中などに薬剤を使用する場合に用いられる. |
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| 速効性 | KT50 | (50%Knock Down Time )害虫が薬剤に触れてからノックダウン(仰転)するまでの時間.単位は分.ある昆虫の集団のうち50%をノックダウンするのに必要な時間.一般には速効性が高いほど(値が小さいほど)有効性が高いといえるが,食毒剤ではこの値がマイナスに働く場合もある.一度ノックダウンした虫が蘇生することがある.即効性は必ずしも致死効果と一致しない.速効性が優れた殺虫剤は残効性に欠け,残効性が優れた殺虫剤は速効性に欠ける傾向がある. |
| 昆虫成長制御剤 | IC50 | (Inhibitory Concentration50)50%羽化阻害濃度の略.昆虫成長制御剤の評価に用いられる. |
| 残効性 | ― | 薬剤が分解して効能を失うまでの時間をいう.2カ月以上効力が優れた残効性ありと判定される. ゴキブリのような習性をもつ害虫にとっては,残効性が短い薬剤では十分な効果が上げにくい.駆除効率の面から見れば残効性は長いほうがよいが,環境への影響からは必ずしも好ましい特徴とは言えない.揮散性(蒸気圧)の低い成分は,一般に残効性が優れている. |